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前橋地方裁判所 平成元年(行ウ)5号 判決

原告 有限会社 鈴木建材

右代表者代表取締役 鈴木健一

右訴訟代理人弁護士 戸枝太幹

被告 赤堀町長 金井昇

右訴訟代理人弁護士 下村善之助

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求

被告が平成元年六月一四日原告の旅館建築同意申請に対してなした不同意処分を取り消す。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  赤堀町モーテル類似旅館規制条例(以下「本件条例」という。)は、第三条において「ホテル営業、又は旅館営業でモーテル類似旅館を経営する目的をもってモーテル類似旅館の新築等をしようとする者は、あらかじめ町長に申請書を提出し同意を得なければならない」と規定しており、これを受けて第四条は左記のとおり規定している。

第四条 町長は、前条の申請に係る施設の設置場所が次の各号の一に該当する場合は、前条の同意をしないものとする。

一  住宅密集地

二  主として、児童生徒等の通学路の付近

三  公園及び児童福祉施設の付近

四  官公署、教育文化施設、病院又は診療所の付近

五  土地区画整理法による区画整理施行地又は施行中の土地

六  その他モーテル類似旅館の設置により、町長がその地域の清純な生活環境が害されると認める場所

2 原告は、群馬県佐波郡赤堀町大字鹿島字北鹿島二三七番、同所二七四番、同所二七五番、同所二七六番の各土地(以下「本件申請地」という。)の上に旅館を建築することを計画し、平成元年四月一一日、被告に対し、本件条例に基づき建築の同意を求めた(以下「本件申請」という。)。

3 被告は、同年六月一四日、本件申請に対し、旅館の建築により地域の清純な生活環境が害される恐れがあるとして、本件条例第四条第六号に基づき、不同意とする決定(以下「本件不同意処分」という。)をなし、同処分は同年六月一五日原告に通知された。

4 しかしながら、本件条例第四条第六号は、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下「風営法」という。)第二八条第二項に違反する抽象的規定であるから、本件条例第四条第六号に基づいてなされた本件不同意処分は違法である。また、本件申請地は、そもそも本件条例第四条第六号に該当する場所ではないから、本件申請地が本件条例第四条第六号に該当するとしてなされた本件不同意処分には、本件条例第四条第六号の解釈適用を誤った違法がある。

よって、原告は、本件不同意処分の取消しを求める。

二 請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4のうち「本件申請地が本件条例第四条第六号に該当する場所ではない」との事実は否認し、主張は争う。

三 被告の主張

1  本件条例第四条第六号が風営法第二八条第二項に違反しないことについて

(一) 風営法第二八条は、第一項で、特定の施設の敷地の一定範囲を営業禁止区域と定める一方、第二項で、営業禁止区域を条例に授権しているが、これは地域の特殊事情、特性に基づく多様な行政需要に応ずるために、弾力的立地規制の存在を認容する趣旨である。

(二) 同法第二八条第二項が「地域を定めて」禁止区域の規制を授権しているのは、無制限に規制場所を条例に授権することは、憲法第二二条の職業選択の自由との関連で問題になるので、一定地域における「善良の風俗」「清純な風俗環境」を保持するに必要、合理的な範囲内に限り地域規制を認める趣旨であり、職業選択の自由を不当に制限しない限り立地規制を認める趣旨であるから、以上の範囲内であれば条例によるある程度の概括的特定による禁止規定を否定する趣旨まで含むものではない。

(三) 本件条例は、第四条第一号ないし第五号まで特定の物件並びに範囲を定めて制限しており、同条第六号は立法趣旨の範囲内の限定された特定地域で、また、同条同号に該当するか否かを町長の判断のみでなく、中立、公正な諮問機関たる審査会に諮問のうえ町長が判断することになっており(本件条例第五条)、町長の恣意により職業選択の自由が不当に制約されることはない。

(四) 以上によれば、本件条例第四条第六号は風営法第二八条第二項に違反するものではない。

2  本件不同意処分に本件条例の解釈適用の誤りがないことについて

(一) 本件申請地周辺は、おおむね一〇〇メートル以内に一〇戸の住宅が点在しており、また、農業集落排水事業曲沢地区として、平成元年度から下水道事業が始まり、生活環境の整備を図っているところであり、今後近い将来、住宅地開発が進み、混住化が予想される地域である。

(二) 本件申請地は、申請地に面した西側に道路及び一区画南に東西の町道があり、指定通学路ではないが、通学路としての利用度が高く、申請地より各々三〇メートル以内の位置にあるので青少年の健全育成のための清純な環境保全の必要がある地域である。

(三) 以上によれば、本件申請に係るモーテル類似旅館の建設により、本件申請地付近の地域の「清純な生活環境」が害されるおそれがあることは明らかであり、したがって、本件不同意処分には、本件条例第四条第六号の解釈適用の誤りはない。

四 被告の主張に対する原告の反論

1  風営法違反について

(一) 風営法第二八条は第一項において、風俗関連営業は「一団地の官公庁施設・学校・図書館若しくは児童福祉施設又はその他の施設でその周辺における善良の風俗若しくは清浄な風俗環境を害する行為若しくは少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止する必要のあるものとして都道府県の条例で定めるものの敷地の周囲二〇〇メートル区域内においてはこれを営んではならない」と定め、第二項において、「前項に定めるもののほか、都道府県は、善良の風俗若しくは清浄な風営環境を害する行為又は少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止するため必要があるときは、条例により、地域を定めて風俗関連営業を営むことを禁止することができる」と定めている。

(二) 群馬県は、風営法第二八条に基づき、風俗営業等の規制及び業務の適正化に関する法律施行条例(以下「県条例」という。)を制定し、第九条、第一〇条において風俗関連営業の禁止区域を定めているが、これによれば、専修学校、各種学校、病院、博物館、精神薄弱者援護施設、身体障害者更生援護施設、老人福祉施設、保護施設、公安委員会規則で定める施設の周囲二〇〇メートル以内は禁止区域とされ、また、第一種住居専用地域、第二種住居専用地域及び住居地域その他公安委員会規則で定める地域を全面禁止区域とし、更に風営法第二条第四項第三号の営業のうち、個室に自動車の車庫が個々に接続する施設で個室に接続する車庫の出入口が扉等によって遮蔽できるもの等については、禁止地域を定めている。

更に、群馬県は、群馬県ラブホテル等施設設置指導要綱を定めて、地域を定めてラブホテル等の設置を規制している。

(三) ところが、本件条例第四条第六号は、前記のとおり、具体的に地域を定めることなく「モーテル類似旅館の設置により、町長がその地域の清純な生活環境が害されると認める場所」と規定しているが、右のような規定では町長の恣意により判断が左右される恐れが多分に存するのであり、これは風営法第二八条より高次の規制を行うものであるし、同条により認められた県条例に比しても高次の規制を行うものであるから、風営法に違反するものである。

2  本件条例の解釈適用の誤りについて

本件申請地は、住宅密集地ではなく、近辺に公園・児童福祉施設は存せず、児童の通学路からは約四五〇メートル、官公署からは約二八〇〇メートル、教育文化施設からは約八〇〇メートル、病院からは約二〇〇〇メートル離れているものであって、右旅館が建築されても清純な生活環境が害されるとは認められないから、本件不同意処分は、本件条例の解釈適用を誤った違法なものである。

理由

一  抗告訴訟の対象となる行政庁の処分とは、行政庁の公権力の行使として行われる行為のうち、これによって個人の法律上の地位ないし権利関係に対し、直接に何らかの影響を及ぼすものをいうと解すべきであるから、それ自体としては相手方の法律上の地位ないし権利関係に何ら直接的な影響を及ぼすことのないものは、抗告訴訟の対象となる行政処分には該当しないというべきでる。

そこで、本件不同意処分が抗告訴訟の対象となる行政処分に該当するか否かについて検討する。

《証拠省略》によれば、本件条例は、善良な風俗が損なわれないよう、モーテル類似旅館の新築、増築又は改築(以下「新築等」という。)を規制することにより、清純な生活環境を維持することを目的とし(本件条例第一条)、モーテル類似旅館を経営する目的でモーテル類似旅館の新築等をしようとする者(以下「建築主」という。)に対して、建築確認申請書の提出前にモーテル類似旅館新築等同意申請書を提出して、町長の同意を得ることを義務づけ(本件条例第三条、同条例施行規則第三条)、右同意申請を受けた町長は、審査会に諮問のうえで同意するか否かの決定を行い、その結果を建築主に通知することとし(本件条例第五条)、当該申請に係る施設の設置場所が一定の事由に該当する場合には、町長は同意をしないものとし(本件条例第四条)、町長が同意しない旨の通知をしたにもかかわらず、建築主がモーテル類似旅館の新築等をしようとするときは、当該建築主に対しその改善又は中止を勧告するものとしている(本件条例第六条)ものである。

本件条例は、町長は、同意しない旨の決定を通知したにもかかわらず新築等を行おうとする建築主に対して、改善又は中止を勧告する(本件条例第六条)としているにすぎず、それ以上に、町長の同意しない旨の決定によって、建築主において建築確認の申請ができなくなるとか、モーテル類似旅館の新築等ができなくなる旨の規制をしていないものである。

右によれば、建築主は、本件条例に基づく町長の同意しない旨の決定によって、建築確認の申請手続をする権利が害され、あるいはモーテル類似旅館の新築等を行うことができないといった法律上の地位にたつものとはいえず、結局、このような同意しない旨の決定は、当該建築主の法律上の地位ないし権利関係には何ら直接的な影響を及ぼすものとはいえないものであるから、抗告訴訟の対象となる行政処分とはいえないものと解される。

二  なお、事案にかんがみ、本件の争点について言及する。

原告は、本件条例第四条第六号は風営法違反である旨主張するが、本件条例は、「清純な生活環境を維持することを目的」(本件条例第一条)としており、同第四条第一号ないし第五号に列挙されている場所は、いずれも、その場所にモーテル類似旅館が設置されれば、その地域の清純な生活環境が害される場合の例示であると解されることから、同条第六号は、本件条例の立法趣旨の範囲内において同条第一号ないし第五号に準ずるような場所をさすものであると限定的に解釈することができるのであり、また、同意、不同意の決定についても、町議会議員、知識経験者等から構成される民主的な審査会の諮問を経たうえでなすこととされている(本件条例第五条第一項、第七条、本件条例施行規則第五条、第七条)のであるから、本件条例第四条第六号が、直ちに風営法第二八条に違反するとまではいうことはできない。

また、原告は、本件不同意処分は、本件条例第四条第六号の解釈適用を誤ったものである旨主張するが、《証拠省略》によれば、本件申請地から半径約一二〇メートル以内に一〇戸の住宅が点在しており、本件申請地付近は、農業集落排水事業曲沢地区として、平成元年度から下水道事業が始まり、住宅地としての開発が予想されているため、生活環境の整備を図っている地域であるうえ、本件申請地の西側及び南側の町道は、児童生徒等の指定通学路ではないものの、現実に通学路としての利用度が高く、青少年の健全育成のための清純な環境保全の必要のある地域であることが認められ、右認定事実によれば、本件申請に係る旅館の設置場所付近は、同旅館設置により「その地域の清純な生活環境が害される」場所に該当するものというべきであり、したがって、本件不同意処分が、本件条例第四条第六号の解釈適用を誤ったものであるということはできない。

三  以上によれば、本件不同意処分は、抗告訴訟の対象となる行政処分には該当せず、原告の本件訴えは不適法であるから却下することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川波利明 裁判官 髙橋祥子 大久保正道)

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